侍従 年寄りから学ぶもの多く
侍従の父母は兄弟姉妹が多い。
当然である。
祖父母は百姓である。
機械化なぞされていない時代である。
戦時中に労働力として働き手は多ければ多いほどよい。
而して貧乏子だくさんで一家総出で農作業である。
心臓が生まれつきイカれていた東の皇太后である侍従の母を除きそのお陰なのか伯父叔母達は元気いっぱい病気知らずである。
(侍従の母だけは既にこの世の者ではない)
当然彼等は戦後食いものの無い時代を生き抜いただけあって頑健である。
祖父母の兄弟も軍隊に取られ生きて内地に戻れた者達は老いたりとは言え体も頭もしっかりしたものである。
(無念ながら大侍従の父(侍従の祖父)は生きて内地に還れなかったが)
過去に
「おいおい、死ぬのを忘れてんじゃないか?」
と、冗談で言ったところ
「こん、たくらんけ!!
戦友も一杯戦死して自分達も敵国人を一杯殺し人の心を無くしてしまった分、その人達のためにも自分達は可能な限り生き抜いて世のために尽くさねばならんのじゃい!!」
敵国人とは言え、合法的に個人的には何の恨みも無い人達を殺めた者達の言葉は重い。
お陰で侍従および侍従の従兄弟姉妹達は30代、40代になってもガキんちょ扱いである。
侍従 :どうなんでしょうなぁ、陛下。
長生きって言う奴も考えものですな。
ニコ :こんの大馬鹿もん!!
そちの祖父母と伯父叔母、大伯父大叔母は今でも矍鑠したるもので立派ぞ!!

侍従 :(口うるさいだけでございますが...)
だが、この年寄り達のこれだけの気骨があったからこそ戦後の焼け野原から今の豊かな生活を我々の世代が甘受することが出来たのである。
国民の期待を一身に集めた菅内閣が発足したところで末端の我々が無い知恵を可能な限り振り絞り難局を乗り越えるために踏ん張らなければいくら内閣が発足したところでよくならないのである。
因みに先日、畑で会った祖母の兄(大伯父)は後1年で1世紀を生きる。
(いつまで生きるつもりよ)
フィリピンの激戦地から生きて還ってきた凄い爺さんである。
そう簡単にくたばる訳がないのだ^^;。
っていうか、そこまで生きられるとすれば侍従はあと56年も生きるのか。
気が遠くなるぜ。
そう言った意味では彼等から見ればヒヨヒヨと言う奴はニコライではなく、間違いなくこの侍従なのである。
ポチっとされたらお迎えが(うそ!笑)
